嵐 コン
嵐 夢小説のご紹介!
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すごく怖かったです、生きることが。
すごく怖かったです、生きることが。父は怒るほうでした。家でよく怒鳴ってました。くだらない子供と言われ続けました。なので自分でもそう思ってました。自分は何をしても駄目な人間なんだと思いました。そして生きることが怖くなりました。社会に出るのが怖くなりました。私のような駄目な人間が生きていけないと。生きていけても、そのようなことを全ての人に言われ続けて生きていくのだと。生きることが怖いと強く思っていたのは小学生の頃です。その後は麻痺していきました。何を言われても涙が出るだけです。何の感情もありません。無表情で泣くことを覚えました。涙を流すことで”無”になれることを知りました。中学校の頃は涙を流すことを日課にし、何も考えないようにしました。そしてもう一つ生きる期限を決めました。30になる前に死のう。そうすることで生きていく恐怖心から逃れることが出来ました。ただ父を嫌いなわけではありませんでした。駄目な子供で申し訳ないと思っていました。そして尊敬していました。父の言うことは全て正しいと思っていました。なので、怖かったのです。現在はもう、数年前には成人し全くそのような状況ではありません。そのような記憶も感情も忘れていたくらいです。しかし、たまに思い出しては、このようなことを書き綴りたくなるのです。そして、今回私が聞きたいことは何が正しいのかということ。正直、なにが正しいのか分かりません。あの頃と今と、全く見る風景が違います。もしかすると、今は麻痺してしまっていてあの頃みていた風景あの頃感じていた”生きる”ということが正しい、真実ではないか、と、時に感じます。あの頃の独特の心音。色味のない冷たい風景。刺さるような空気。これらを忘れてもいいのか、考え込んでしまうのです。メンタルヘルスのカテゴリーを覗かせていただいていると、このような中に生きる人がたくさんおられるような気がします。つまりは、あの頃の私のいた世界が妄想ではなく、実際に存在すると思うのです。きっと、このままいくと私は完全に忘れてしまうかと思います。忘れたほうがいいと思っていました。しかし時には思い出し、胸に刻み付けておくべきだとも思い始めたのです。このようなことを書くのはこれで最後にしたいと思います。どのような回答でもかまいません。感想でも、意見でも、独り言のようなものでも。ほんの一行の言葉でも。今は多くの方の言葉が聞きたいのです(続きを読む)
「しゃべる地図」=ニューヨークタイムズ電子版の新趣向
PJニュース
「突然の嵐がニューヨークをズタズタに」という記事は8日朝の通勤のラッシュ時間の少し前、短いが激しい嵐がニューヨーク市を襲ったと報じている。 ニューヨークの夏の午後にはよくこうしたサマーストームに出会い歩くとすぐにずぶぬれになるのでしばらく雨宿りするしか ...(続きを読む)
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